大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)30号 判決

原告 鈴木栄司

被告 特許庁長官

主文

昭和三二年抗告審判第一、九一七号事件につき特許庁が昭和三六年二月二二日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告は特許庁に対し昭和三〇年六月一四日「電気点火式機関付車輌の最高速度制限装置」につき特許(登録)の出願をし、昭和三〇年特許願第一六、一〇二号事件として係属したが、昭和三二年九月九日拒絶査定を受けた。そこで同月二四日抗告審判を請求(昭和三二年抗告審判第一、九一七号)したが、昭和三六年二月二二日「抗告審判の請求は成り立たない」との審決があり、該審決書の謄本は同年三月五日原告に送達された。

二、審決の要旨は「本願と引例(特許第七〇、七二九号)の両者が、発明思想を等しくするものとし、その理由として、該思想内容を特に前者記載第二図と後者間の動作原理及び作用効果並びに電気回路操作について対比検討を行ない、両者の差異は設計変更領域乃至設計工作事項に属するから、本願は引例より実施容易な程度のものであり、旧特許法(大正一〇年法律第九六号、以下単に旧特許法という)第四条第二号の規定によつて同法第一条の新規な工業的発明と認めることができない」というのである。

三、しかし右審決は次の理由によつて不当であつて取消を免れない。

(一)、原審決は動作原理及び作用効果の対比検討において、特に公知速度応動装置の運動に加えられる抵抗力その他に関し、論理上重大な過誤或は粗漏があるから、法令の解釈を誤つた違法がある。

原審決における本願と引例との対比検討の結果は、次の諸点に要約される。

(A) 制限切換端子の配置及び回路構成は異なるが、設計変更領域に属する。

(B) 抵抗力の問題は、両者において同程度である。

(C) 上限下限偏差の問題は、用途上期待効果の範囲内にある。

(D) 以上の諸点に基いて、両者間に動作原理及び全体としての作用効果に差異はなく、前者は発明を構成せぬことは勿論のこと、両者間に発明思想の相違はない。

しかし、

(a) 右(A)は、作用効果を除外すれば、両者間図面上相似点から容易に引出し得る推論を詳細に述べたにすぎない。

(b) 右(B)は、引例において指針が端子上を摺動する摩擦抵抗を是認しつつ、その値のみを検討し、且つ電流断続による接触面悪化に基く増加抵抗(前記抵抗に加わる)を含め、本願も同程度のものと論じている。

しかし本願は、端子と指針が接触することがないから、指針運動に対し接触面に起因する何等の抵抗が加わらず、従つて、たとえ、電流断続による放電面悪化が生じても、間隙の存する限り、指針運動に対し増加抵抗として加わり得ないものである。(上記抵抗とは勿論摩擦抵抗をいう。)審決の論理からすれば、(イ)本願の常時存在する間隙にも拘らず指針に対し抵抗力を与え、(ロ)放電面悪化が間隙あるに拘らず指針に対し増加抵抗力として働く、としなければならない。右(イ)は学説上厳密にいえば真理として認めるに吝かでない。しかしそれは宇宙空間真空状態のような環境において始めて利用可能なイオンロケツト原理類似現象にすぎない。本願の場合に審決がこれを暗に前提したとしても、その力の準位(オーダー)は、引例の場合のような直接摩擦の抵抗力準位に比し格段の差があり、実質的には零に等しいか、或いは工業技術的には無視さるべき準位差にある。更に前記(ロ)が(イ)に加わることは論理的に不可能なことである。以上から考え、審決は少くともこの点に関する限り、準位差処理に対する認識の欠如或いは論理上の粗漏ないし過誤を免れない。

(c) 前記(C)は(B)に起因するとすれば、右(b)同様の指摘を免れない。若し単独にかような見解を表明したものとすれば、自動制御の核心の一である偏差問題に対する認識を疑われることになりかねない。何故なれば、単なる最高速度制限とはいえ自動制御の一分野であり、殊に引例及び本願のような、多くは出力微弱な速度応動装置に属する現用速度計指針を利用する場合には、作用効果上軽視ないし無視するを許されない事態に立至るからである。

(d) 以上の通りであるから(D)の結論は誤りである。

(二)  原審決は更に電気回路操作の対比検討において、本願は引例同様誘導線輪二次回路を直列的に開路するものであると断じているが、これは学理上或いは工業技術上からも牽強附会の議論であるばかりでなく、事実の認定を誤つた違法がある。

右の点について原審決は電気回路構成の差異は認めるが、本案も引例同様「誘導線輪二次回路を直列式に開路する」ことに変りはなく、ただ断続態様が反対であるにすぎないというのである。

そして、右審決の論理過程を見ると、本願は短絡回路なるものを遮断するから、誘導線輪二次回路を直列的に開路するものとしている。しかしその短絡回路は、原回路(通常の二次回路)に対し、並列的或いは分岐的に附加した関係にあることが本願図面(第二図)から客観的にも明らかである以上、審決にいう誘導線輪二次回路とは、原回路と短絡回路を含めたものと解しなければならない。そうすれば「本願は、誘導線輪二次回路を直列的に開路する」との論法は、技術常識上或いは一般論理上からも牽強附会的であることを免れない。

更に引例のように高圧回路を無負荷の開路状態にさらすことの実用上の不利について全然無視していることも、有意的ならば実際技術の認識程度を疑われかねない。

第三、被告の答弁

一、原告の請求原因一の事実はこれを認めるが、二及び三の点はこれを争う。

二、原告は原審決の要旨を請求原因二に記載のように解しているが、これは誤りである。すなわち審決は、

(一)、まず本願発明の要旨がその第一図及び第二図に示すものを実施例として、その特許請求の範囲記載のように「車速が予定速度を超えた時に公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を制限操作開始及び復原にあたり速度応動装置の運動に対し何等の抵抗を与えぬように操作させる速度制限装置」に存する限りにおいては、特許第七〇、七二九号明細書(乙第一号証)に記載する「自働速度指示制限標示灯装置」と発明思想を等しくするものと認定説示したものである。

(二)、そして、出願人である原告が、本願発明の要旨を右のように認定するを相当とする状態において、その意見書並びに抗告審判請求書中で、特に本願のものの第二図に示す実施例のものと乙第一号証記載の実施例のものとを対比してとりあげ、その結果、それぞれの具体的構造が「速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を制限操作及び復原にあたり速度応動装置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬように操作させる」点に関し相違すると主張しているように推定される趣旨があるので、もともと本願発明の要旨が上記のように認定でき、この限りにおいては本願のものも乙第一号証記載のものも同一発明思想に属するものと認定できるものであり、特にその第二図に示す実施例の具体的構造に本願発明の要旨を限定しているわけではないので、このような構造と乙第一号証記載のものとの相違を特にここで検討することを必要としないものではあるが、上記のように推定される主張の趣旨に鑑み、果してこれらの具体的構造を両者相違することにより、両者がその発明思想を異にするに至るものかどうかを一応念のため検討したまでであつて、この検討の結果によつても両者が発明思想を異にするものと認めるに至らない旨を、なお書きとして説示したものである。

(三)、そして、審決は最後に、もともと本願発明の要旨が上記のようにその明細書に記載された特許請求の範囲記載の如くである以上、本願の発明が前記乙第一号証に容易に実施することができる程度において記載されたものであるから、旧特許法第四条第二号の規定により同法第一条の新規な工業的発明と認めることができないとしたものである。 三(一)(イ)、本願発明の要旨は、その明細書並びに図面の記載から見て「車速が予定速度を超えた時に公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を制限操作開始及び復原にあたり速度応動装置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬように操作させる速度制限装置」にあるものと認められ、一方乙第一号証記載のものの要旨は、その明細書並びに図面に徴し、その特許請求の範囲に記載する構成の自動速度指示制限標示灯装置にあるものと認めることができる。

(ロ)、以上の点からみれば、両者は等しく「車速が予定速度を超えた時に公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を操作させる速度制限装置」であることは極めて明白である。そして、更に乙第一号証記載のものが『制限操作開始及び復原にあたり速度応動装置の運動に対し何等の抵抗を与えぬように操作させる』構成の速度制限装置であることも十分これを認めるに足るものである。

すなわち、本願の明細書中には、上記二重かぎかつこ内の構成の点について、それが何を指し、どのようなものであるかの関連の下では全くその記載を欠如し、本願発明の要旨が前記の通りであり、その第一図或いは第二図に示す実施例の具体的構造のいずれかを特に限定してその要旨としているものでない以上、右二重かぎかつこ内の構成の点については、広くこのような操作機能の構成を有するものであればそれに合致することは極めて明白であつて、それらが例えば本願発明における第一図に示す実施例の如きものでも、或いは第二図に示す実施例の如きものでもよいということであり、更に第一図、第二図に示される実施例程度の作働並びに操作技術水準の態様のもので、右二重かぎかつこ内の構成の発明思想に合致するものであればよいと窺知されるものであり、又このように解するのが相当であると認められる。

そして、本願において右二重かぎかつこ内の構成は、第一図に示す実施例についてみれば、重錘(4)と筐体(5)との接離で通電を断続操作させるという構成であり、第二図に示す実施例では、制限端子(13)(13)′(13)″と指針(14)との間で放電短絡或いは断路の操作をさせるという構成と解せられるのであつて、これらだけから「何等の抵抗力を与えぬように操作させる」という点を共通して通覧すれば、これを要するに、対向作働部の接離による通電断続或いは対向作働部の合離による放電短絡もしくは断路を行わしめるよう構成しているということであり、いずれにおいても右二重かぎかつこ内の構成に合致するものであつて、所期の如く奏効する点も同等のものであると解するのを相当とする。

一方、乙第一号証記載のものをみるのに、これも金属板(8)、指針(21)という対向作働部の接離で通電断続を行わせる構成に外ならないのであつて、上記と同様に、「何等の抵抗力を与えぬように操作させる」構成のものの範囲に属し、同等のものであると称し得る。

従つて乙第一号証記載のものも右二重かぎかつこ内の構成を有する速度制限装置であることを十分に認め得るのであつて、結局、本願の発明も乙第一号証記載のものも同一発明思想に帰着するものである。

(二)(イ)、乙第一号証図示の実施例では、指針(21)が金属板(8)と接離して通電もしくは断路するものであり、この際の摩擦抵抗及び電流断続面の悪化による増加摩擦抵抗が加わると原告は主張しているが、単に長目の金属帯に金属板(8)を構成したという長目の点だけで摩擦抵抗が増加するというようなことを防止する点を含め、この種の作働計器で実際の使用に十分応じ得るような精度で摩擦抵抗を調整し、使用に供するのは製作上の精度加工調製の問題であつて、実施に当つての当然の施行であり、又電流断続面の悪化については、その金属帯使用材料の選択、通電電流定格の規整等によつて実用上差し支えのない程度の構成で作動させることも実施上当然に施されるべき設計上の配慮事項であつて、いずれも実際使用面に当つての設計工作上の事柄である。

本願発明における第二図の実施例のものでは、なるほどこれは制限端子(13)(13)′(13)″と指針(14)との間で放電短絡或いは断路をなすものではあるが、この指針と制限端子との間の小なる間隙は、このような場合、二次電流が点火栓に放電せず、この間隙のみに放電するように調整されているのであるから、通常の点火栓間隙〇、六―〇、八耗より更に小さな間隙に調整されるのであろう。そしてこの小間隙面に二次誘起高電圧を印加して火花放電弧光放電を行わせて放電短絡させるものであり、しかも二次電圧誘起時、火花放電時並びに弧光放電時の各過程において指針(14)と制限端子(18)との間で指針の移動により二次側を開放、断路することがあるものである。してみれば、この作動現象並びにこれに附随する過熱等により、制限端子表面或いはその端部が消耗劣化することは勿論、凹凸面を生成すること、又指針も同様な原因でそれ自体の歪曲等を起すことがあるであろうことも容易に推定できるところであり、しかも、この指針と制限端子間の間隙は前記のように極めて小さい間隙なのであるから、これらの結果として、指針、端子間の相互接触状態が部分的であれ現出することは否み得ず、少くとも、両者の間隙面における間隔の不整を現出することは明らかであろう。そして、このような凹凸面の生成は、単に指針への回転抵抗から進んで、二次回路を直接短絡する状態を招来するし、一方放電間隙間隔が増した場合は、所期の放電短絡機能を有しない結果を招来することもありうるのであつて、これらは本発明第二図に示すような実施例の構成による限り避けられない可能性を有する障害点である。かくして、本願発明の第二図に示す実施例で、速度応動装置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬように構成されているという実体的内容は、このような技術水準、程度のものであることもあわせて知ることができるわけである。そこで原告は「たとえ電流断続による放電面悪化が生じても間隙の存する限り」と主張しているのであるが、上記のように作動現象をみる時は「間隙の存する限り」という選ばれた仮定的条件を常に温存すべき保証は実体的にはないのである。このように見れば、上記の限定された仮定的条件を充たしている場合よりも、前記のような各障害点の下に作動する場合の方が可能性として多いのではないかと推測するのが妥当ではなかろうか。

乙第一号証図示の実施例では、指針(21)が金属板(8)と接離して通電もしくは断路するものであり、指針が金属板上を摺接して移動するものである。従つてこのようにもともと摺接移動をもつて作動態様とするこの種作動計器で、その要求される精度を保証するに足る摩擦抵抗の限度を調整するとともに、計器の回転力等を調節して円滑作動させることは、そもそもの大前提であつて、この点でこの摩擦抵抗は抵抗力としては問題にならない。それでは、作動時の電流断続面の悪化による増加摩擦抵抗の可能性についてはどうであろうか。すなわち、電流断続による摺接面の悪化を招来する可能性はどうであろうか。そもそも、この実施例に示すものでは、指針、金属板回路に高電圧を印加したり、火花放電をさせたり、或いは弧光放電をさせたりする作動態様のものではなく、要すれば、電磁石線輪(1)の作動定格電流を通せば足りるものである。従つて、作動電圧の点を含み、指針と金属板とが摺接して移動したり、接離したりする際に、その摺接面を悪化させないような、それぞれの値に規整して設計すればよく、又このように設計することは技術的に極めて容易なことであり、このような保証は通常行われている設計である。従つて、この点で増加摩擦抵抗の生起する可能性は殆んど取除くことができる。そして、仮りに摺接面が悪化して増加摩擦抵抗が生起する事態があり得るにしても、これにより通電に支障があるわけではなく、他方、その抵抗に関しては、計器の指針回転力の強さをこのような事態をも念頭に入れて、初めに規整しておけば、この障害を解決できるわけで、いわゆる抵抗力として指針回転に支障を与えることは全く回避できるものである。

以上のようにそれぞれを見るときは本願発明の第二図に示す実施例と乙第一号証図示の実施例とでは、いわゆる抵抗と称するものの派生原因、派生可能性の程度、派生結果などについてそれぞれ相違するものであるが、特に派生可能性については、むしろ本願発明第二図実施例の方が高準位にあるものと認められる。この点について、審決では百歩を譲つて「前者(本願発明の第二図に示す実施例)の構造が速度応動装置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬように構成されたものと称し得るのであるならば、少くともこれと同等の程度において後者(乙第一号証記載のもの)も同様に構成されているものと称し得る」ものとし、あわせて、「前者のように構成した点に発明を認め難いことは勿論のこと、両者間に発明思想の相違を認め得ないものである」と説示したのであつて、この点に過誤或いは粗漏の点はないものである。

(ロ)、上限下限偏差なるものの問題については、これが本願発明の要旨に如何なる関連を有する問題であるかの点を含み、意見書、抗告審判請求書及び本件訴状等を見ても、本願発明第二図実施例のどの具体的構造に関し、どのような内容を主張しようとしているのか、把握し難いところであつて、要はこの種速度制限装置において予定された車速を超えた時に作動を期待できれば十分であることに鑑み、審決は本願発明第二図実施例のものも乙第一号証図示のものもその作動原理並びに作動効果の点に特に差異を認めることができないと説示したものであつて、この点にも過誤もしくは粗漏の点はない。

(三)、原告は審決が電気回路操作の対比検討において本願は引例同様誘導線輪二次回路を直列的に開路するものであると断じているのは、学理上或いは工業技術上からも牽強附会であるばかりでなく、事実の認定を誤つた違法があると主張する。しかし、

(イ)、本願明細書の記載によれば、「第二図は速度計(S)の指針(14)が制限速度に達するとその位置におかれた制限端子(13)(指針回転面との間には小なる間隙を有し二次電流が点火栓に放電せず、この間隙のみに放電する如く調整しておく)から二次電流が指針(14)、基体(1)を経て車体に放電短絡するので、誘導コイル(C)から配電器(D)を経て点火栓(12)に至る二次電流が放電せず機関は失速するが、車速が制限以下になれば機関は再び運転を始め、これを繰返す」ということであつて、一次コイル(8)への通電断続により誘起される二次コイル(11)の二次電流は、点火栓回路、或いは放電短絡回路のいずれかに通じて放電するものであり、要すれば両回路は誘導線輪二次回路に、そのそれぞれの場合において直列にそのまま分岐接続されるものであつて、このような接続態様から、そのそれぞれの場合について両回路を誘導線輪二次回路と称して差し支えないものである。

(ロ)、そこで、審決にいう「誘導線輪二次回路を直列式に開路する」というのは、誘導線輪二次回路に連なる上記放電短絡回路を指称した意味での誘導線輪二次回路を直列式に開路するということであつて、何も点火栓回路を直列式に開路するといつているのではない。すなわち、車速が制限速度に達した時、指針(14)は制限端子(13)となり、本来、点火栓間隙に印加されるべき誘導線輪二次側高電圧は、さきに引用した明細書の記載のように、この指針と制限端子との小なる間隙(この間隙は通常の点火栓間隙〇、六―〇、八耗より更に小なる間隙に調整されていると思われること前記の通りである)に印加されて放電短絡することとなる。そして、この放電短絡の態様は、一次断続器開放―二次電圧誘起―指針、端子間の火花放電―同上弧光放電―二次側開放―一次断続器閉路―一次電流の確立、というような過程で行われるものと考えられる。そして、一般の点火栓においては、点火栓両電極は共に停止しているものであるが、本願発明第二図実施例のものでは、指針、制限端子間でこのような態様での二次側開放もあると同時に、指針は速度の変化により回転し、指針と制限端子間で、この回転に伴つて二次側を開放することがあるものと認められる。しかも、この開放は、その時の速度変化により、上記の過程のいずれの時点においても起り得るものであることもこれを認めることができるであろう。すなわち、二次電圧誘起時、火花放電時、弧光放電時のいずれの時を問わず、指針(14)と制限端子(13)との重なりが速度下降に伴なう指針の移動のために変位して重ならないようになり、この結果としてこの時に二次側を開放することもあり得るのであつて、この時も又、いうところの二次側開放に変りはなく、このことを主に含めて、審決では「誘導線輪二次回路を直列式に開路する」と称したのであつて、審決の説示には原告主張のような事実の認定を誤つた違法はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、特許庁における手続等に関する原告主張の一の事実は当事者間に争いのないところであり、成立に争いのない甲第七号証と乙第一号証によれば、原審決は、本願発明は大正一五年九月一日に出願公告のせられた特許第七〇、七二九号明細書に記載のものと発明思想を等しくし、右特許明細書に容易に実施することができる程度において記載されたものであるから、旧特許法第四条第二号の規定により同法第一条の新規な工業的発明と認めることはできないと判断して、抗告審判の請求は成り立たないものとしたものであることが認められる。

二、成立に争いのない甲第一号証、第四号証の一、二によれば、本願特許の特許請求の範囲は、

「電気点火式機関の速度もしくは該機関を装備せる車輛の車速が予じめ定めた一種又は一種以上の値を超えた時において、公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路(一次或いは二次線回路)を図面(別紙本願図面)に例示せる如く、制限操作開始及び復原に当り速度応動操置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬように操作させる電気点火式機関付車輛の最高速度制限装置」

とせられており、本願発明の目的とするところは、簡単な装置でその場所の制限速度を全く自動的に電気点火式機関を制限するのを主な目的とし、その作用としては、別紙本願図面の第一図のものでは、(G)は遠心式速度応動器で、(1)はその基体で車体に電気的接地しており、小車(2)はタイヤーから駆動されその回転により、板バネ(3)に取付けた重錘(4)が回転直経を増大し遂に制限速度に達すると絶縁物(6)によつて絶縁された筐体(5)に接触し、刷子(7)を経てマグネツト(M)の一次コイル(8)からの一次電流を車体に短絡し、カム(9)、接点(10)、コンデンサー(16)等による断続機能が失われるので二次コイル(11)を経て点火栓(12)に至る二次電流が生起せず機関は失速し、車速が制限以下になれば重錘(4)と筐体(5)との接触が断たれ機関は点火が行われ運転を始め、これを繰返すものであり、第二図のものでは、速度計(S)の指針(14)が制限速度に達するとその位置におかれた制限端子(13)(指針回転面との間には小なる間隙を有し、二次電流が点火栓に放電せずこの間隙のみに放電する如く調整しておく)から二次電流が指針(14)、基体(1)を経て車体に放電短絡するので、誘導コイル(C)から配電器(D)を経て点火栓(12)に至る二次電流が放電せず機関は失速するが、車速が制限以下になれば機関は再び運転を始め、これを繰返すものとせられ、車速制限以上になると機関失速のため運転者に直ちに感じられる効果があるものとせられていることが認められる。

そして以上認定事実からすれば、本願発明の要旨は、別紙本願図面第一図及び第二図に示すような装置によつて、車速が予定速度を超えたときに、公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を制限操作開始及び復元にあたり速度応動装置の運動に対し何等の抵抗を与えぬように操作させる速度制限装置にあるものと認められる。

三、成立に争いのない乙第一号証によれば、原審決が本件の引例とした特許第七〇、七二九号明細書には次のような記載がせられていることが認められる。「別紙引例図面の電磁石線輪(1)の可動鉄心(2)の一端に可動鉄心(2)と電気的に絶縁した金属栓(3)を装置し、金属栓(3)と接触金物(4)(5)との接触を良好にするために可動鉄心(2)と電磁石線輪(1)との間に撥条(6)を装着し、電磁石線輪(1)の一端は指示計(7)の金属板(8)に標示燈(10)の電燈(9)とともに電線で接続し、電磁石線輪(1)の他端は標示燈(10)の電燈(9)(11)(12)とともに蓄電池(13)の陽極に接続する。エンジン点火線輪(14)の二次線(15)の一端は接触金物(4)に接続され、接触金物(5)は配電器(16)を経て電火栓(17)(18)(19)(20)に接続する。そしてこの装置は自動車の運転台に備えつけ、プロペラ軸又は車輪と機械的に連結し、電磁石線輪(1)はエンジン室に、標示燈(10)は車体外面に装置し、電気的に各連絡するものとする。故に車が低速度の場合は指示計(7)の指針(21)は金属板(22)に接触して標示燈(10)の電燈(12)を点じ、車が中間速度の場合には指針(21)は金属板(22)を摺過して金属板(23)に接触し、電燈(12)は消えて電燈(11)を点ずる。そして一層速度を増し規定外の高速度になれば指針(21)は金属板(23)を離れて金属板(3)に接触し、電燈(12)(11)は消えて電燈(9)を点じ、同時に電磁石(1)の回路は閉じられ可動鉄心(2)を吸引するから、金属栓(3)は接触金物(4)(5)を離れて点火栓輪(14)の二次線(15)の回路を開くため電火栓(17)(18)(19)(20)の火花が止み、エンジンの運転は停止する。そして車の速度が減ずれば指針(21)は金属板(23)にかえるので電燈(9)が消え、同時に電磁石(1)の回路は開かれ可動鉄心(2)は撥条(6)のために電磁石線輪(1)より放出して金属栓(3)は接触金物(4)(5)と接触し、点火回路は閉じられエンジンは自働的に運転を始める」。

四、そこで本願発明が右引例特許明細書に記載のものと発明思想を等しくし、右明細書に容易に実施することを得べき程度に記載せられているか否かについて検討する。

ただ審決は本願の装置(前者)と右引例刊行物記載の装置(後者)とを対比するに当り「前者の第一図に示す如き実施例の具体的構成にのみ限定した点に本願の要旨が存するとするならば格別であるが、その第二図に示す如き実施例をも包含した上、車速が予定速度を超えた時に公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を制限操作開始及び復原にあたり速度応動装置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬように操作させる速度制限装置であることを前者の要旨とする限りにおいては、前後者共その発明思想を等しくするものと認められる」とし、本願の第一図のものはこれを別格扱いとし、第二図のものと引例のものとの対比検討を行つており(この事実は前示甲第七号証の審決の記載によつて明らかである)、また事実本願の第一図のものと引例のものとはその構想において大いに異なるものがあると認められるところであるから、ここでもその対比検討は本願の第二図のものとの間でこれをすることとする。

(一)、本願第二図のものと引例のものとを比較してまず気がつくことは、本願のものも引例のものも、車速が予定速度を超えたときに、公知の速度応動装置により点火栓に点火させぬように電気回路を操作するものであつて、この基本的構想に関する限りにおいては、両者はその軌を一にするものであるということである。

(二)、しかし本願のものは右基本的構想のものばかりではなく、更に前記の操作に当つて、制限操作の開始及び復原に当つて速度応動操置の運動に対し何等の抵抗力を与えぬようにすることを特徴とするものであつて、現にその第二図のものの制限端子(13)と指針(14)の回転面との間には小なる間隙を設け、指針と制限端子とが接触することのないように装置しているものである。然るに引例のものにあつては、指針(21)が金属板(22)(23)(8)と摺動接触するものであり、本願のもののように指針の摺動擦過による摩擦から完全に逃れんとする思想はどこにもこれを見出すことはできない。この意味において、指針が金属板上を摺動する引例と、指針の運動に抵抗を与えないように、指針が何物にも接触することなく空気中を運動する本願第二図のものとの間には、その発明思想に異なるものがあるものと認めざるを得ないところであり、本願は引例刊行物に容易に実施することを得べき程度にその記載があるものとはこれを認めることはできない。

五、(一)、被告は本願のものが「制限操作開始及び復原にあたり速度応動操置の運動に対し何等の抵抗を与えぬように操作させる」というのは、対向作動部の合離による放電短絡もしくは断路を行わせるよう構成しているということであり、この意味では引例のものも同様であると主張する。しかし本願のものにおいて、右のように操作させるというのは、指針の摺動擦過による摩擦を避けて、この摩擦による指針への影響をなくしようとするにあること前記の通りのものと認むべきであるから、右被告の主張は失当である。

(二)、被告はまた本願第二図のものは火花によつて制限端子及び指針が損傷し、両者間の相互接触状態が部分的であれ現出することは否み得ず、少くとも両者の間隙面における間隔の不整を現出することは明らかであると主張する。しかし計器に例をとつて見ても、火花放電による記録用発色紙は古くより実用せられているところであり、また本願第一図のものの対象とするオートバイ等のエンジンの点火栓に例をとつても、このエンジンは莫大な回数の火花放電に耐えて相当長期間無事に作動を続けるものである。然るに本願第二図のものの火花放電は制限速度超過の場合にしかこれをしないものであつて、この放電回数の余り多くない本願第二図のものの火花間隙が被告の主張するようにそう容易に損傷し劣化するものとは到底考え得ないところである。

(三)、また被告は引用例のものは摺動面を悪化させないように設計することが容易であり、本願第二図のものの指針が制限端子に接触しないように設計できる保証はない趣旨の主張をする。しかし引例のものにせよ、本願のものにせよ、使用材料の選択、工作上の注意等によつて、その所期の機能が容易に害されないようにすることは、設計工作上のことに属し、引例のものがその設計工作に十分な注意がせられるというのであれば、本願のものもまた同様に十分の注意をもつて設計工作せられるであろう。問題はその十分に設計工作せられたものの間に差異があるかどうかであり、結局、右設計工作の問題とは離れて、引例刊行物記載のものと本願のものとの発明の異同を論ずれば足るものであるから、右被告の主張もこれを採用するに由がない。

六、以上の通りであつて、本願発明は引例刊行物記載のものと発明思想を等しくするものであり、右引例刊行物に容易に実施し得べき程度に記載せられたものであるから、旧特許法第四条第二号により同法第一条の新規な工業的発明と認めることはできないとした審決は、その余の争点について判断するまでもなく違法たるを免れない。よつてこれを取消すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)

本願図面〈省略〉

引例図面〈省略〉

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